「なんで叩くの?」
五歳の女の子が、学校から帰ってきて、父親にそう聞きました。滑り台から落ちた日です。落ちたところへ男の子が来て、この子を叩いた。
父親は、答えようとしました。たぶんその子は、お前のことが好きなんや。ただ、気を引きたかっただけや。
五歳に向かって、人間っちゅうのはそういうもんや、と説明しようとしたわけです。
この会話から出てきた曲が、世界でいちばん売れたアルバムに入っとります。
五歳の娘の「なんで叩くの?」から出てきた曲
父親の名前はスティーヴ・ポーカロ。TOTOのキーボード奏者です。娘さんはヘザーといいます。
ポーカロは、そのときの娘の様子をこう言うとります。
その子は、学校でえらい目に遭うた日でした。滑り台から落ちて、男の子が来て、叩いたんです。
曲になったのが1982年。マイケル・ジャクソンの『Thriller』に入った「Human Nature」です。
先に、聴いてもろたほうが早いと思います。
サビで繰り返される「why, why」。あれが、娘さんの質問です。
ここまでは、ええ話です。ここから先が、ややこしい。
この曲、誰が作ったんかを、何回も間違えられとります。
TOTOが断った、Human Nature の最初の姿
ポーカロは、この曲をまず自分のバンドに出しました。TOTOです。
断られました。
理由は、うちのロックの色に合わん、というものでした。「Africa」や「Rosanna」を出しとったバンドです。そこに、こういう静かな曲は乗らんかった。
本人も、完成品として出したわけやありません。
私の曲のほとんどがそうですが、これも書きかけの曲でした。
行き場のなくなった曲が、一本のカセットに入ったまま、スタジオに転がっとった。ここが出発点です。
カセット不足で裏面に紛れ込んだデモ
そのころ、TOTOのスタジオでは「Africa」のミックスをやっとりました。ポーカロは、その横のピアノで Human Nature の骨組みを書いとります。
いっぽう、同じバンドのデヴィッド・ペイチのところに、話が来ました。クインシー・ジョーンズが、マイケルの新作に使う曲を探しとる。
そのときのことを、ポーカロがそのまま喋っとります。
Human Nature のデモをちょうど録り終えたところでした。カセットにぽんと放り込んだだけの状態です。そこへデヴィッドが下に声をかけてきて、「おい、ゆうべやった例の2つのグルーヴ、テープに入れといてくれ。クインシーの使いがこっちに取りに来る」と。
ここで、身も蓋もない事情が起きます。
空のカセットが、足りんかった。
ポーカロは、自分の Human Nature のデモが入っとるテープを引っぱり出して、その裏面にペイチの曲を録りました。ラベルは、当然ペイチの側に貼ってあります。
クインシーは、そのペイチの曲を聴きました。そして、落としました。
ここで終わるはずでした。ところが、そのカセットデッキがオートリバースやったんです。
たぶん、テープをそのまま回しっぱなしにしとったら、オートリバースが働いたんやと思います。えらい興奮しとりました。
クインシー側は、そのときのことをこう言うとります。
終わったあと、急にシーンとなって、そこに「why, why, dah dah da-dum dah dah, why, why」。仮の歌詞と、骨だけの、ほんまに骨組みだけの代物です。この話をしとるだけで鳥肌が立つ。
史上いちばん売れたアルバムに入る曲は、こうやって見つかりました。ラベルの貼っていないほうの面から、機械が勝手にめくって。
クインシーが取り違えた、作者の名前
さて、ここです。
クインシーは、この曲を気に入りました。気に入ったんですが、誰が書いた曲かを間違えとりました。
クインシーは、Human Nature をデヴィッド・ペイチが書いた曲やと、しばらく思い込んどりました。デヴィッドが訂正するまで。
無理もありません。テープを渡したのはペイチで、ラベルもペイチの名前です。裏面から出てきた曲が別人のものやとは、誰も言うてない。
そして、この取り違えを直したのは、間違われとった側のペイチ本人でした。「これはスティーヴのや」と言い続けて、ようやく通った。
——このサイトでは、こういう話を何回も見とります。作った人と、名前が載る人がずれる。1970年のマイケルにも、まったく同じことが起きとりました。誰があの子らを見つけたんか、という話です。→ 「もうええやないか」と「そこにおるよ」が、同じ年のチャートに並んどった──1970年、ビートルズとジャクソン5
歌詞を二日で書き直したジョン・ベッティス
作者がはっきりしたあとも、曲はそのままでは通りませんでした。
クインシーが、歌詞に納得しとらんかったんです。ポーカロが入れとったのは、あくまで仮の詞でした。
そこで呼ばれたのがジョン・ベッティス。カーペンターズやポインター・シスターズの詞を書いてきた人です。
二日で書き上げました。
できたのは、ニューヨークの街をゆく、通りすがりの男の話です。夜の街を歩いて、人に触れたいと思う。それだけの詞です。
五歳の娘の質問から始まった曲が、ここで、まったく別の場所の話になりました。
それについて、ポーカロがこう言うとります。
見事に決めてくれました。私のレコードを、曲にしてくれたんです。始まりと、真ん中と、終わりのある曲に。
「私のレコード」を「曲」にしてくれた。この言い方、ええと思いませんか。自分が持っとったのは音の塊で、それを人に聴かせられる形にしたのは他人やった、と認めとるわけです。
ちなみに、この曲の作者としてクレジットに載っとるのは作曲=スティーヴ・ポーカロ、作詞=ジョン・ベッティスの二人です。マイケル・ジャクソンは、この曲を書いていません。
押しのけられた曲「Carousel」、世に出たのは26年後
アルバムに入る曲数は決まっとります。一曲入るということは、一曲落ちるということです。
Human Nature が入った代わりに外れたのが、「Carousel」という曲でした。マイケル・センベロとドン・フリーマンが書いて、1982年の8月から9月にかけて、もう録音まで終わっとりました。
『Thriller』の曲を書いた一人、ロッド・テンパートンが、この件をこう言うとります。
Carousel はええ曲でした。あの、ちょっと遅めの、マイケル・センベロの曲。きれいな曲でした。ただ、歌詞の面で、そしてあの時点で、アルバムが向かっとる先とは違うように思えたんです。
悪口が一つも入っとりません。ええ曲や、きれいな曲や、と二回言うたうえで、外した理由を言うとります。
この曲が世に出たのは、26年後です。2008年の『Thriller 25』に、1分49秒の短い版が入りました。
——出せんかった曲が、何年もたってから別の形で世に出る。このサイトでは、これも一回書いとります。マイケルが録って、出せんまま置いてあった曲を、別の男が世に出した話です。→ 出せんかった曲を、別の男が世に出した──「Behind the Mask」と、クラプトンが二度やったこと
マイルス・デイヴィスが死ぬ年まで演奏し続けた一曲
1983年7月、Human Nature はシングルとして出て、ビルボード Hot 100 で7位、アダルト・コンテンポラリーで2位になりました。『Thriller』からの5枚目のシングルです。
ここから、この曲は他人の手に渡っていきます。
最初に拾ったのが、マイルス・デイヴィスでした。
1985年のアルバム『You’re Under Arrest』に入れとります。編曲はギル・エヴァンスに頼んどりました。
当時、ジャズの側からは、なんでポップスなんか演るんや、という声が出ました。それに対する本人の言い分が、これです。
なんで「Human Nature」がスタンダードになったらあかんのや? ハマるんや。スタンダードっちゅうのは、サラブレッドみたいにピタッとハマる。メロディも何もかもがちょうどよくて、聴くたんびに、もっと聴きたなる。
吹き方についても、はっきり言うとります。
「Human Nature」みたいな曲では、正しいものを吹かなあかん。ほんで、その正しいものっちゅうのは、メロディのまわりにある。わしの「Human Nature」は、毎晩変わる。
この人は、この曲を手放しませんでした。1988年のモントルー、そして亡くなる1991年のステージでも演っとります。
五歳の娘に「なんで叩くの?」と聞かれた父親が書いた曲を、還暦をすぎたトランペット吹きが、死ぬ年まで毎晩ちがう形で吹いとったわけです。
全米2位・R&B七週1位、SWVの1993年
次に拾ったのは、若い女性三人組でした。
SWV。ニューヨークのグループです。1992年に「Right Here」という曲を出しとりましたが、R&Bのチャートで8位止まりでした。
その曲に、Human Nature を敷いたリミックスが1993年7月に出ます。
数字が、まるっきり変わりました。
- ビルボード Hot 100 で2位
- R&B/ヒップホップ・シングルで、7週1位
- 全英3位
- 100万枚(RIAAプラチナ)
この曲でラップとアドリブを入れとるのが、当時二十歳の若い男です。ファレル・ウィリアムスといいます。のちに世界中の曲を作る人になりますが、このときはまだ、ほとんど誰も知りません。
マイケル本人が、このサンプルの使用を許しとります。SWVのタジがこう言うとります。
うちらのトップ5に入るヒットです。マイケルがサンプルを使わせた、最初のアーティストの一組でした。
もう一人のリリーの言い方が、私は好きです。
ほんまに、心づかいのある人でした。あの人がうちのグループのファンやったことに、驚きました。一生感謝しとります。
驚いた、というのが正直でええと思います。向こうは世界一のスターです。こっちは二枚目のシングルが8位止まりやった三人組です。
リミックスでも入れ替わった、作り手の名前
さて。この記事の話が、もう一回出てきます。
このリミックスを作った人の名前が、盤の上では別の人になっとります。
クレジットに載っとるのはテディ・ライリー。当時のR&Bで、いちばん名の通ったプロデューサーです。
それに対して、2020年4月21日、「Right Here」を書いたブライアン・アレクサンダー・モーガンが、インスタグラムでこう書きました。
この曲は100%、私が書いた。このリミックスは100%、@producer_allstar がリミックスした。どちらも認められるべきやった。それ以下は、この仕事の偽りの表示や。
実際に作ったのはアレン・”オールスター”・ゴードンという人やった、ということです。
モーガンによると、名義をつけたのはレコード会社の担当者でした。当時売れとったテディの名前を載せたほうが、通りがええから。(テディが実際にリミックスしたのは、SWVの別の曲「I’m So Into You」のほうやそうです。)
この発言が出たのは、リミックスから27年後です。ライリー側の言い分は、こちらでは見つけられませんでした。
ここまでを、並べてみます。
| 時点 | 作った人 | そのとき名前が出た人 |
|---|---|---|
| 1982年 | スティーヴ・ポーカロ | デヴィッド・ペイチ(クインシーの思い込み) |
| 1993年 | アレン・”オールスター”・ゴードン | テディ・ライリー(盤面のクレジット) |
同じ曲で、十一年あけて、二回起きとります。
——名前が載らんまま曲が世に出る、という話でしたら、このサイトの一本目がまさにそれでした。→ 保安官を撃ったのは誰か──ボブ・マーリーとエリック・クラプトン
ナズがアルバムの最後に置いたループ
SWVの翌年、1994年。今度はヒップホップの側から、この曲が拾われます。
ナズ。ニューヨーク、クイーンズの二十歳です。デビュー作『Illmatic』を出しました。
そのいちばん最後の曲が、Human Nature を敷いた「It Ain’t Hard to Tell」でした。作ったのはラージ・プロフェッサーです。
チャートは全米91位。数字だけ見たら、大したことはありません。
ただ、この一枚は、いまもヒップホップでいちばん語られるアルバムの一つです。その最後に置いてあるのが、この曲です。
ナズは、後年のライブで、マイケルの原曲の歌声をそのまま流してから、自分の曲に入るという演り方をしとります。
五歳の娘の質問が、ここまで来ました。
娘の質問に、まだ出ていない答え
並べ直してみます。
- 1982年 父親が、娘に説明しようとして書いた
- 1982年 自分のバンドに断られた
- 1982年 カセットが足りず、裏面に入った
- 1982年 クインシーが、別人の曲やと思うた
- 1982年 歌詞を、他人が二日で書き直した
- 1982年 入れ替わりに、一曲が落ちた
- 1985年 マイルス・デイヴィスが吹いた
- 1993年 SWVが敷いて、全米2位
- 1993年 そのリミックスでも、作り手の名前が入れ替わった
- 1994年 ナズが、デビュー作の最後に置いた
この曲の題は「Human Nature」です。人間の性、と訳されます。
五歳の子が「なんで叩くの?」と聞いて、父親が「人間っちゅうのは、そういうもんや」と説明しようとした。その曲が、そのあと四十年、人間のややこしいところを通ってきた。
断られる。取り違えられる。書き直される。押しのける。名前が入れ替わる。そのいちいちに、悪意のある人間が一人も出てきません。
ペイチは訂正しました。ベッティスは仕事をしました。テンパートンは「ええ曲やった」と言うたうえで外しました。マイケルは、無名の三人組にただで使わせました。
誰も悪いことをしとらんのに、こうなる。
ほんで、娘さんの質問には、まだ誰も答えられておりません。あの男の子が、なんで叩いたんか。
——ちなみに、この曲を1993年に日本のクラブでかけとった人間が、このサイトの編集をやっとります。その話は、また今度。
参考文献
この記事の事実は、公開されとる資料で一つずつ確かめました。何をどこで確かめたかを、あわせて書いときます。URLは変わることがあります。
- Human Nature — Thriller 40(公式サイト)……TOTOがこの曲を断ったこと、ラベルの貼っていない面にデモが入っとったこと、クインシーがそれを聴いてアルバムに入れたこと
- How Michael Jackson’s classic ‘Human Nature’ nearly didn’t happen — Smooth Radio……ポーカロ本人の発言の全文(デヴィッドの声かけ、オートリバース)、クインシーがペイチの曲やと思い込んどったこと、Carousel と入れ替わったこと
- Meet the Songwriters of Michael Jackson’s Hit “Human Nature” — American Songwriter……娘のヘザーが滑り台から落ちて叩かれた件、父親がどう答えようとしたか、「Africa」のミックス中にピアノで書いたこと
- Human Nature — Songfacts……ポーカロとペイチ本人への取材。「私の曲のほとんどがそうですが、これも書きかけの曲でした」、ベッティスの歌詞への評価
- Human Nature (Michael Jackson song) — Wikipedia……クインシーの「鳥肌が立つ」の発言、ベッティスが二日で書き直したことと「ニューヨークの通りすがりの男」、Carousel と入れ替わったこと、1983年7月のシングル発売とHot 100で7位・アダルト・コンテンポラリーで2位、サンプルとカバーの一覧
- Carousel — Michael Jackson Wiki……ロッド・テンパートンの発言、作者と1982年8〜9月の録音、2008年『Thriller 25』への収録
- You’re Under Arrest — Miles Davis 公式サイト……1985年4月発売、1984年1月から1985年1月の録音、ギル・エヴァンスに編曲を頼んだこと、参加メンバー
- Miles Davis Covers Michael Jackson’s “Human Nature” — Open Culture……1985年のインタビューでのマイルスの発言二つ(「サラブレッドみたいにピタッとハマる」「毎晩変わる」)、1988年7月7日モントルーでの演奏
- Right Here (SWV song) — Wikipedia……原曲が1992年8月20日でR&B 8位、リミックスが1993年7月、Hot 100で2位・R&B/ヒップホップで7週1位・全英3位・RIAAプラチナ、ファレル・ウィリアムスのラップ、実制作がアレン・”オールスター”・ゴードンであったという記述
- SWV – Right Here (Human Nature Mix) — Discogs……1993年の盤面のクレジット(RCA 74321 16048 1)。リミックス=テディ・ライリー、ラップ=ファレル・ウィリアムスとオールスター
- Teddy Riley gets called out by SWV songwriter for claiming ‘Right Here’ remix — Toya’z World……2020年4月21日、ブライアン・アレクサンダー・モーガンのインスタグラムでの発言、レコード会社の担当者が名義をつけた経緯、テディが実際に手がけたのは「I’m So Into You」であること
- SWV’s Lelee Lyons Was ‘Shocked’ When Michael Jackson Helped Out the Group — Cheat Sheet……タジとリリーの発言と、その出どころ(2021年5月8日のAtlanta Black Starの取材/リリー本人の投稿)
- It Ain’t Hard to Tell — Wikipedia……『Illmatic』の最後の曲であること、ラージ・プロフェッサーの制作、Human Natureほかのサンプル、全米91位
なお、次の三つは、こちらでは確かめられませんでした。マイケルがサンプルを無償で許可したことの本人側の記録(あるのはSWV側の証言だけです)。ラージ・プロフェッサーが、なぜこのサンプルを選んだのか。そしてマイルス・デイヴィスに、この曲を持ってきたのが誰やったか。
曲の映像は、埋め込む前に投稿者とタイトルを確かめ、そのうえで実際に再生できるかどうかも画面で見て確かめました。

