この曲を書いたのは、日本人です。
マイケル・ジャクソンが歌い、それでもアルバムには入らず、七年たってから、イギリスのギタリストがヒットさせました。曲を書いた男の名前は、坂本龍一。1979年の曲です。
原曲はYMO。作曲は坂本龍一、詞はクリス・モズデル
イエロー・マジック・オーケストラ、YMOです。1979年のアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に入っとる「Behind the Mask」。
作曲が坂本龍一、詞はクリス・モズデルというイギリス出身の作詞家です。YMOの英語の詞を、よう書いとった人ですわ。
歌の中身は、恋の歌やありません。個人が社会に管理されていく未来のこと。仮面の向こう側の話です。
ついでに言うときますと、このバンド、デビューが1978年11月25日です。その一年たたんうちに、アメリカのアルバムチャートに入っとります(ビルボード200で81位、21週)。日本のバンドが、当時それをやっとった。
「Behind the Mask」を日本で聴いたのは、クインシー・ジョーンズ
ここから話が動きます。
クインシー・ジョーンズ——マイケル・ジャクソンのアルバムを作っとった人です——が、日本を訪れたときに、この曲を耳にしました。1980年代のはじめのことです。
どこで、どういう場面で聴いたんかは、調べても出てきませんでした。分かっとるのは「日本で聴いた」までです。ラジオやったんか、店やったんか、誰かが聴かせたんか。そこは、私には書けません。
ともかくクインシーはこれをマイケルに渡し、マイケルは録りました。『Thriller』のためです。
あの『Thriller』です。世界で7,000万枚売れたと言われとる一枚。そこへ入る予定で、日本の曲が録られとった。
マイケルが足したのは、メロディと歌詞
マイケルはただ歌うただけやありません。メロディを足して、歌詞も足しとります。
その結果どうなったか。作詞したモズデルの言い方が、なかなか手厳しい。
マイケルは、あれを恋愛の歌に変えてしまった。
社会に管理される未来の歌が、恋の歌になった。書いた側からしたら、そら言いたいこともありますわな。
ただ、これは責める話でもないと思います。マイケルは自分が歌える形に直しただけです。渡された曲を、自分の口に合うように作り替える。歌い手として、当たり前のことをしとります。
『Thriller』に入らんかった理由は、印税
ほんで、この曲は『Thriller』に入りませんでした。
こういうとき、たいてい「お蔵入りになった」と書かれます。私も最初はそう思うとりました。ところが、記録に残っとる理由は、もっと即物的でした。
坂本龍一、モズデル、マイケルの三者が、印税で折り合わんかったからです。
曲が悪かったんやない。歌が気に入らんかったんでもない。取り分の話がまとまらんかった。それだけで、世界でいちばん売れることになるアルバムから、一曲が落ちました。
身も蓋もない話です。でも、こういうことのほうが多いんやろうと思います。
『Thriller』に代わりに入っとった曲
ここで、ちょっと寄り道させてください。「Behind the Mask」が落ちた『Thriller』には、代わりに何が入っとったか。
並べると、こうです。全米チャートの最高順位つきで。
| 曲 | 最高順位 |
|---|---|
| Billie Jean | 1位(7週) |
| Beat It | 1位 |
| The Girl Is Mine | 2位 |
| Thriller | 4位 |
| Wanna Be Startin’ Somethin’ | 5位 |
| Human Nature | 7位 |
| P.Y.T. | 10位 |
七曲、全部がトップ10です。ここへ割り込むのは、そら大変やったと思います。
ただ、この表のなかに、もっと妙な入り方をした曲がひとつあります。「Human Nature」です。
書いたのは、TOTOのスティーヴ・ポーカロという人でした。クインシー・ジョーンズに別の曲を聴かせるためのカセットがあって、ポーカロは、そのテープを使い回してデモを入れとった。クインシーはカセットの自動で裏返る機能で、聴くつもりのなかった面を、そのまま聴いてしもうた。それが「Human Nature」でした。
つまり、同じ一枚のアルバムをめぐって、こういうことが起きとります。
片方は、テープの裏面から偶然出てきて、入った。もう片方は、取り分の話がまとまらずに、こぼれた。
入るか入らんかは、曲の出来だけで決まるわけやない。——その、テープの裏面から出てきたほうの曲は、こちらに書きました。入った代わりに落ちた曲も、ちゃんとあります。→ 五歳の娘の「なんで叩くの?」から出てきた一曲──Human Nature が通ってきた四十年
七年後に出したのは、エリック・クラプトン
1986年。エリック・クラプトンが、アルバム『August』でこの曲を録りました。プロデュースは、おもにフィル・コリンズです。
この曲をクラプトンのところへ持ってきたんは、グレッグ・フィリンゲインズという鍵盤弾きです。この人は、そのまま演奏にも参加しとります。
『August』は、クラプトンが80年代に返り咲いたことを決定づけた一枚とされとります。ベースがネイサン・イースト、サックスがマイケル・ブレッカー、ティナ・ターナーとのデュエットも入っとる。フィル・コリンズが作ったポップな手ざわりと、クラプトンのブルースが行ったり来たりする作りです。
翌1987年1月5日にシングルとして出て、2月21日付でイギリスの15位。『August』から出たなかで、唯一の全英トップ20です。
日本人が書いて、アメリカの歌手のところで止まった曲を、イギリスのギタリストが世に出した。
クレジットに名前はない。ただし、金は入っとる
クラプトン版のクレジットに、マイケル・ジャクソンの名前は入っておりません。
ところが、です。モズデルは、マイケルの遺産管理団体が作詞印税の50%を得たことを確認しとります。
つまり、こうです。名前は出ていない。けれど、勘定は合うとる。
ここ、前に書いた記事と裏返しになっとります。1968年、クラプトンはビートルズのレコードでギターを弾いて、クレジットに名前が載りませんでした。載らんかった側におった男が、今度は載らん側を作る番に回っとるわけです。→ ビートルズのレコードで、他人が弾くことはない──「While My Guitar Gently Weeps」とクラプトンの34年
二度目のクラプトン。一度目はボブ・マーリー
ここが、今日いちばん書きたかったところです。
クラプトンは、「本人が出せんかった曲を、先に世に出す」ことを二度やっとります。
| 1974年 | 1986〜87年 | |
|---|---|---|
| 曲 | I Shot the Sheriff | Behind the Mask |
| 書いた人 | ボブ・マーリー | 坂本龍一/クリス・モズデル |
| 持ってきた人 | ジョージ・テリー(バンドのギタリスト) | グレッグ・フィリンゲインズ(鍵盤) |
| 結果 | クラプトン生涯唯一の全米1位 | 『August』唯一の全英トップ20 |
| 元の側 | 原曲が覆い隠された | 録ったのに出せんかった |
どちらも、クラプトンが探してきた曲やありません。バンドの仲間が持ってきて、それを録った。二回とも同じです。
ボブ・マーリーのときの話は、こちらに書きました。→ 保安官を撃ったのは誰か──ボブ・マーリーとエリック・クラプトン
この人、意図してやっとるわけやないと思います。ただ、持ってこられた曲をちゃんと録る人なんですわ。そして録ったら、売れてしまう。
マイケルのデモが出たのは、四十年後
マイケルが録ったほうは、どうなったか。
世に出たのは2022年11月18日です。『Thriller 40』という記念盤に、「Mike’s Mix (Demo)」として入りました。
録音から四十年。本人は、2009年に亡くなっとります。自分の声が出たのを、聞いておりません。
先に世に出たクラプトン版のほうが、私らの耳には馴染んどります。あとから出てきた本人の声のほうが、なんや新曲みたいに聞こえる。順番というのは、そういうふうに人の記憶を決めてしまいます。
一曲が世に出るまでに、五人の手
並べてみます。
- 坂本龍一が書いて、モズデルが詞をつけた(1979年)
- クインシー・ジョーンズが日本で聴いて、持って帰った
- マイケル・ジャクソンが録って、そこで止まった(印税の話がまとまらず)
- グレッグ・フィリンゲインズがクラプトンに持ち込んだ
- エリック・クラプトンが出して、ヒットした(1987年)
一曲がイギリスのチャートに載るまでに、日本・アメリカ・イギリスをまたいで、五人の手を通っとります。そのうち誰ひとり、悪いことはしとりません。
坂本龍一は自分の曲を書いただけ。クインシーはええ曲を見つけただけ。マイケルは自分の歌にしただけで、条件が合わんかっただけ。フィリンゲインズは友だちに教えただけ。クラプトンは持ってこられた曲を録っただけです。
それでも、「書いた人」と「届けた人」は別になりました。
──坂本龍一が、自分の曲が海の向こうで別人の名前で鳴っとるのをどう見とったんか。それは調べても出てきませんでした。分かったら、また書きます。
参考文献
この記事の事実は、公開されとる資料で一つずつ確かめました。何をどこで確かめたかを、あわせて書いときます。URLは変わることがあります。
- Behind the Mask (song) — Wikipedia……原曲が『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(1979年)収録であること、作曲=坂本龍一・作詞=クリス・モズデル、クインシー・ジョーンズが日本を訪れたときに聴いたこと、マイケルがメロディと歌詞を足したこと、三者が印税で折り合わず『Thriller』に入らなかったこと、モズデルの「恋愛の歌に変えてしまった」という証言、クラプトン版の経緯と1987年2月21日付の全英15位、作詞印税の50%がマイケルの遺産管理団体に入ったこと、2022年11月18日の『Thriller 40』での公開
- August (Eric Clapton album) — Wikipedia……1986年のアルバムであること、プロデュースの体制、グレッグ・フィリンゲインズの参加
- Yellow Magic Orchestra (album) — Wikipedia……YMOのデビューアルバムが1978年11月25日発売であること、細野晴臣が高橋幸宏と坂本龍一を呼んで組んだこと、アメリカでは1979年5月30日発売でビルボード200の81位・21週チャートインしたこと
- Thriller (album) — Wikipedia……1982年11月29日発売、プロデュースがクインシー・ジョーンズとマイケル・ジャクソンであること、全世界推定7,000万枚、シングル7曲の全米最高順位
- Human Nature (Michael Jackson song) — Wikipedia……作詞作曲がスティーヴ・ポーカロとジョン・ベッティスであること、クインシー・ジョーンズがカセットの自動反転で意図せず聴いたという経緯、全米7位
※クインシー・ジョーンズが日本のどこで、どういう場面でこの曲を聴いたのかは、確認できませんでした。「日本を訪れたときに聴いた」までしか書いとりません。坂本龍一本人がこの件について語った言葉も、見つけられませんでした。どちらも、分かったら書き足します。

